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第34回 「『野村イズム』継承 緒方カープ」

 25年ぶりの優勝に、忘れてはならないのが野村謙二郎前監督の残した遺産≠セ。緒方監督はおととしオフ、監督就任に当たって野村監督の下で、「コーチとして学んだことを生かしていきたい」と継承を誓った。

 丸、菊池、田中、鈴木誠、安部、下水流、堂林らは、野村前監督が5年間で鍛え、育てた選手だ。「苦しさから逃げるな。ケガに強くなれ」。選手に求めた野村野球の真髄だった。

 一方では、ケガ、不振などで理解できない選手には、長年レギュラーを張ってきたベテラン、中堅といえども容赦なくファーム行きを命じた。決して妥協することはなかった。選手には最も厳しく冷酷に思えた。

 「力のない者は去れ。痛いかゆいは言うな。黙って試合に出ながら治せ」と自らの野球を推進した。

 実践では、広島の伝統である機動力野球を基本にした。キク、マル<Rンビを誕生させ、田中はルーキー時代から少々のエラーにも我慢しながら使い続けた。

 3年前(2014年)、その田中に『野村イズム』を象徴する一例があった。 8月8日の阪神戦、田中はイレギュラーした打球を顔面に受けて交代した。左頬を6針縫合して合宿に戻った。心配した野村監督が電話をすると「明日の試合は絶対に出ますから」と即答した。現在の緒方監督も同様に、野村前監督が選手に求めたのは、まさに田中精神≠ナあった。ケガに屈しないメンタル面の強さ。だが田中には、不運が重なった。8月19日の試合前、ショートでの守備練習中、フリー打撃の打球が頭部に直撃。14針縫う手術を受けた。さすがにこの時は登録を抹消、しかし、それ以来、故障で戦線を離脱するレギュラーは、いまもっていない。

 野村前監督は、1989年、駒大からドラフト1位で広島に入団した。2年目に、33試合連続安打日本記録を持っていた高橋慶彦のロッテ移籍によって遊撃のレギュラーに定着。選手時代のプロ17年間で盗塁王3回、打率3割以上を3回、95年には3割、30ホーマー、30盗塁の「トリプル3」を達成。

 野村を育て支えた裏には、何人もの恩人≠ェいた。大分県佐伯市で生まれ育った少年時代は、父親から「野球をやるため」のスパルタ教育を受けた。キャッチボールや、バッティングの基本を教わった。駒大時代は名将・太田監督の野球漬け≠ナしごかれた。プロ入り後は駒大の大先輩・大下剛史コーチが待ち受けていた。選手時代の数々の記録の源は、指導者たちの厳しい目によって育まれてきた。「厳しさが人を育てる」。現役時代の教えを、そのまま、自らの指導の指針にした。

 こうした筋金入りの『野村イズム』を継承した緒方監督率いるチームは、25年ぶりのVゴールへ。

プレスネット2016年9月10日号掲載


   
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