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今日も野球日和

第56回 「実働8年ながら天才的な才能を発揮」

 広島の将来の監督候補といわれていた。東京六大学・法大時代「アマチュア球界きっての名プレーヤー」と名をはせた男。小坂佳隆が、その人物。二塁手として二遊間、一、二塁間の難しい打球も、いとも簡単に処理して、何食わぬ顔でアウトにした。

 強肩俊足の名手。当時「貧乏球団」「田舎球団」の広島が、初めて獲得した六大学のスタープレーヤーだった。神奈川の法政二高から法大へ。1年の秋からレギュラーに。神宮で天才的な才能を発揮した。1958年、鳴物入りで入団。

 「カープは理想的な球団」と話していた小坂には、即戦力として、新人ながら二塁のポジションが与えられた。巨人にも阪神にも無い、地味な土地柄でおもいきりプレーができるという環境がピッタリだった。六大学の有名選手たちがこぞって敬遠した広島を、小坂はプロ入り後も広島をこよなく愛した。

 天才的で華麗なグラブさばきは、持ち前の勘の良さからくるものだった。2年目にはオールスター戦にファン投票で選出された。そんな小坂の野球を離れての趣味は書道。「書道は集中力を養うのには一番。野球も気持ちが散漫だと打っても守っても良いプレーはできない」と前衛書道の腕前は、県美展に度々入選するほど。研ぎ澄まされた集中力から、打撃でも右方向へ巧みなヒットを量産した。62年にはベストナインにも輝いた。

 半面で、故障にも泣かされ続けた。体力の低下とともに下半身の衰えは夏場を迎えると極端に表れてきた。酒好きで、とくにビールなら10本近く飲み干した。「酒は膝に悪い。体に良くない」と自らを戒めながらも、好きなものからは縁が切れなかった。だんだんとプレーにも精細を欠くようになっていく。

 「オレは現役一筋。自分で納得のいくプレーができなくなったらきっぱりとやめていく」職人・小坂のこだわりだった。当時の白石勝巳監督も、入団後、わずか6、7年でめっきり動きが悪くなった小坂を見て「素晴らしい選手が短期間に肉体の衰えが目立ったのも珍しい」と目を疑った。

 かつての名守、スタープレーヤーは8年間で現役にピリオドを打った。若い30歳の引退だった。「将来の監督」候補は、球団のコーチ要請をさっさと断って、野球には未練も残さず横浜へ帰っていった。

 飲食店を経営したが、51歳で他界。往年のファンには「華のある小坂のファインプレー」は忘れられない。

プレスネット2017年3月4日号掲載


   
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