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今日も野球日和

第57回 「『ボス』の愛称で主軸を担う大和田明」

 ある意味でカープきっての歴史上≠フ人物といっても過言ではなかろう。豪放磊落(らいらく)を装いながら、実は神経の細やかな選手だった。1957年(昭和32年)最強の「野武士軍団」を誇った西鉄ライオンズ(現西武)から、ピッチャーの鵜狩道夫とともに金銭トレードで入団した、大和田明だった。

 チームメートからは「ボス」の愛称で呼ばれた。恵まれた体格(183cm)に、ヒザを曲げて、少々の低めのボールもホームランにした。後にシーズンのチーム最多本塁打も量産した。

 カープ入団の経緯についてのエピソードがある。西鉄とのトレードを申し込んでいた白石勝巳監督が、ひょっこり博多・中州のバーに入った。そこに酒浸しになった大和田が入団以来の二軍暮らしにイヤ気をさして飲んでいた。白石監督を見るやいなや「ワシを広島に連れて行ってください」と目を輝かせたという。大和田の懇願≠ノ、白石監督はうなずく。翌日西鉄球団に出向き、鵜狩と一緒に金銭での移籍が決まった。

 一年後の58年、大和田は巡ってきたチャンスをものにする。シーズン途中で、ホームランバッターの小鶴誠が故障。さらに不振の藤井弘に代わって大和田は4番に入り、14本塁打、45打点と暴れた。翌59年はサイクル安打を達成するなど打率2割6分5厘、23ホーマー、79打点とチームの三冠王の活躍。ベストナインにも選ばれ、カープ在籍中の10年間に4度のオールスター戦に出場した。

 色白に四角張った顔は強面風に見えたが、人気もあった。流川や薬研堀の歓楽街を肩で風を切って歩く姿も。

 あるとき居酒屋でちょっとした事件が起きた。居合わせたファンから「ボス」「ボス」と声を掛けられ気分も高揚。その席にいた2、3人の怖いお兄さんから「大和田、あまり調子に乗り過ぎるなよ」とすごまれると、大和田はトイレに行くふりをして静かに立ち去ったという。

 チームメートからは「以外にも気の優しい面と気の弱いところもあるんだ」と評されるなど、強面風の外見とは違う一面ものぞかせた。

 67年に南海へ移籍。同年オフに引退。その後プロゴルファーを目指すも最後はレッスンプロに納まり、60代の若さでこの世を去った。

プレスネット2017年3月18日号掲載


   
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